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遠慮なく「言える」人。

グチを聞いてくれるのは恋人?友達?家族?
ブログネタ:グチを聞いてくれるのは恋人?友達?家族?
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私は恋人
派!

相田みつをさんもおっしゃっています。
「ぐちをこぼしたってええがな。」と。
グチって、ネガティブなことと捉えられ、大人になったんだから、そんなことを言ってはいけない、とブレーキをかけて溜め込んでしまう人ってすごく多いと思うんです。
先日、『「ガス抜き」は「悪口を言う」のと違います。』
という記事を書きました。
こちらにも書いたように、どんな人だって人間なんだから、感情を持っていて、長い人生の中でグチを言いたくなるような出来事が起こることがあるはずです。
でも、グチが出てしまうようなことの裏側には、やっぱり愛情がある、とも思っています。
どーでもいいことや、どーでもいい相手なら、そんな感情が動かないはずですから。
私の場合、一番言いやすいのは彼です。
グチを言って一番困るのは、そのグチが、言った相手の感情と主観が混じって流れてしまうことです。学生時代などは、人間関係の一番のモメ事になるのは、ほとんどコレと言っていいのではないでしょうか。
その点、彼は現時点での私のグチになるようなことにおいて、接点がほとんどありません。だから、グチが「ただのグチ」で終れるんですね。
グチはたいてい、言っちゃえば心がグーーンと軽くなる。
彼の場合、「徹底して聞き役」になってくれるので、意見を言ってきたり、どちらが正しいかを判断させようとしたり、などのことがないのもありがたいです。
でも、これ実は非常~にテキトーに聞いてるってことなんですけどね。相槌を打っているタイミングがおかしかったりしてますから(笑)
こんなふうに一番よく聞いてもらうのは彼ですが、場合によっては友達であったり、家族であったりもします。
でも、友達の場合、「グチりケーション」が成り立つ場合も多い、と思いませんか?グチを聞いたり、言ったりすることで、相手の領域に入れた気になる、というか。
ある意味、グチは「弱み」を見せることにもなります。それは時として危ういことになるからこそ、「あなたにだから言える」「あなたのだから聞ける」という、信頼関係の表れとも取れますから。
家族は、全面的に自分の味方をしてくれることが多いのですが、遠慮がない分、トドメのような言葉をくれることがあります(笑)
「それ、あんたが悪いんやん」
で、終了~~~!みたいな。
うちも長女が高校生になって、ハハのグチを聞いてくれるようになりましたが、ほぼ必ずまったく役に立たないようなトンチンカンな返答をくれて戸惑わせてくれます。
何にせよ、「言える人」がいるということは、本当にありがたいことです。グチが言えないという人は、たまにはグチが言える相手に甘えたらいいと思います♪
でも、グチをこぼす、と言うように、グチは「こぼす」程度がいいですけどね。あまり言い過ぎると、言うほうも、聞くほうも、逆に辛くなってしまって、心が余計に疲れてしまいますもんね。
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